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蔵王の山ふところから

標高1000m、蔵王の中腹に住む私達の事、お客さんの事、山の事など・・・

プチ遭難

4月1日、ライザスキー場から熊野岳~蔵王温泉スキー場へ山スキーツアーに出かけたお客さん2名が夜になっても戻らず、遭難の可能性もあり、蔵王連峰遭難対策委員会に連絡、捜索活動が開始されました。
そのお客さんは、山中で一夜を過ごし、翌朝蔵王ロープウェイ山頂駅に自力でたどり着き無事を確認されました。
2日午前、山形警察の事情聴取を受け(蔵王温泉スキー場は山形市)、警察の車で野口ペンションへ戻り、上山警察の事情聴取を受けました。
同席した主人が聴いた話と、お客さんから直接聴いた話などを掻い摘んでの報告です。

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1日朝9時、ペンションの電話が鳴りました。「今日泊まれますか?」と予約の電話でした。
人数は2名で、山スキーを借りたいとの事。そして今、ライザスキー場行きのシャトルバスに乗る所だとのことでした。
又「翌日は朝いちで下りたいけれど送ってもらえますか?
」と聞かれたのですが、忙しいのでお断りしました。
関西方面の言葉だったので、上山の旅館にでも宿泊しているお客さんが1
日だけ坊平に泊まって山スキーを楽しむのかと想像していました。
とりあえず出発の時間も気になるので足のサイズを聞いて、すぐ出かけられるように用意しておきました。
やって来たお客さんの1人の顔を見て「見た事がありますね」と主人が言うと、「2年前に泊まりました」とのことでした。
私には記憶がありませんでした。
よく思い出せずにはいましたが、とりあえず知っている人という事で安心して山スキーを貸してしまいました。
部屋に入れないのでお風呂場の脱衣室で着替えをして、話しをしながら支度をしてもらいました。
この時間だから刈田岳往復くらいかと思っていたら、熊野岳から蔵王温泉スキー場までツアーするというのです。
それでは尚急いで出発しなければと、地図は持っているというので主人はルート図を書き、間違えやすい熊野岳の周辺や地蔵周辺の説明をしました。
私はうちのテルモスに熱い紅茶を入れて持たせてあげました。そして山スキーの操作の仕方を教えて急いでライザスキー場まで送っていったのです。
登山届けはリフトに乗る前に出しておくとの事でした。
時間が時間なので、私達はてっきりそのままリフトに乗って出かけて行ったと思っていました。

私はお客さんを送り出した後急いで2年前の予約帳を調べてみました。
予約帳には3月1日、「S田」と苗字と携帯電話の番号だけが書いてあり、2年前も直前の予約でやってきたのかもしれません。
夜には樹氷のライトアップを見に車を出し、主人は下で温泉に入って待っていました。
翌日は蔵王~坊平への山スキーツアーに行きたいとの事で、うちに山スキーのレンタルがある事を友人に調べてもらって泊まりに来たと話していたのを覚えています。
その時に地図は持っていますか?と聞いたら、「持っていないけれど頭の中に入れてあるから大丈夫です」と答えたのにびっくり、その感覚はオカシイと思ったのです。
遭難が多発していた年でもあり、主人からその話をしてもらい、なんとか中止してもらいたいと思いました。
幸いにも翌日は大荒れ、地蔵の辺を少し歩いて敗退して帰って来た時にはほっと胸をなでおろしました。
あれから2年、たくさん経験も積んだかもしれない。一抹の不安を感じながらもそう思うことにしました。

一方、すぐ出かけたと思っていた2人はライザのレストランで早お昼を食べてから出発したのでした。
刈田リフト下付近で3人ほどの登山者と会話して、その人たちは風が強いので諦めて下山するという事で、2人が「蔵王温泉まで行く」と言ったら驚いていたそうです。このあたりで12時頃になっていたようです。
その後馬の背に出て刈田岳へ。お釜も良く見えていたとのことでした。刈田岳から熊野岳までは風も強く2時間もかかったそうです。通常の倍の時間はかかってしまったようです。
熊野岳へは、主人の手書きのルート図で説明した2つ目の方法で、夏道に沿った左斜上のルートで熊野岳神社を目指し、尾根通しに避難小屋に戻り、なんとそこからそのまま北蔵王の方へ行ってしまったのです。
主人が「避難小屋の所から左側に戻るような感じで回り込み、木のポールに沿って行く」と説明した事は忘れてしまったようで、地図を見ることもなかったようです。
視界は良好で名号峰も見えていて、2人はこれが地蔵山だと思っていたそうです。
熊野岳から歩いている途中で振り返れば地蔵を見ていたはずですが、あまりの強風に振り向くこともしなかったのでしょう。
追分を過ぎ名号峰で夕暮れとなり、木の根元の風の来ない所を少し掘って座れるようにし、ツエルトをかぶり1人はシュラフ、1人はアルミのシート(レスキューシートか)に包まる。
そこからは蔵王ロープウェイ山頂駅の灯りが見え、ルートを間違えている事を初めて知り、携帯電話で連絡を取ろうにも圏外の為諦める。
食料は飴とビスケットしか持っていなかったのだそうです。
強かった風も夜にはおさまり暖かい夜で、それほど寒さは感じなかったようです。

翌朝シールを貼ったスキーで登り始めるが踏んばりがきかず、結局スキーは背負ったまま蔵王山頂駅まで歩く。
視界は悪かったが、ルートは昨日のうちに確認できたので大丈夫だったようです。
8時50分、ロープウェイ山頂駅に着き、既に遭難の連絡が伝わっていた為職員により遭難者と確認され、警察へ連絡される。
足はヨレヨレで押さえがきかず、もしここから滑って下りて下さいと言われても下りれるような状態ではなかったと話していました。

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事情聴取の中で「スキーは主にどこで練習しているか?」という問いに対し、S田さんは「ここで(坊平で)3回目です」と答えました。
という事は、2年前うちに来て、山スキーでツアーをしようとした時が初めてのスキーだったという事になります。
2回目は坊平でテレマークを借りスクールにも入ったらしい。
そして今回が3回目だったのです。
事情聴取は殆どS田さんとやっていたようで、もう1人のS水さんの事は殆ど聞く機会がありませんでした。

今回の事は起こるべくして起こった遭難騒ぎで、深く反省し間違っても自力下山したと胸を張るようなことがないようにお願いしたいと思います。
S田さんは2日の夕方には山を下り、青春18切符で旅を続行したようですが、もし今回の山スキーツアーを旅の途中のイベントと捉えているなら、それはやはり山に対する認識が甘いと思います。
帰られた翌日には雪も降りました。本当に運が良かったと思っています。

私達も、お客さんがどこまで山の事が分かっているのか、どのくらいスキー技術があるのか知らなければならない山スキーのレンタルの難しさを感じています。  y


(情報提供いただいた仙台の伏見さん、有難うございました)

[ 2007/04/04 22:24 ] | TB(-) | CM(0)
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